建築パース雑談#1 1980-2010年くらいの建築パースとCGを振り返ってみる
弊社代表の渡辺は、VICCというパースの会社を経営しています。いまでこそシンテグレートというBIMの会社もやっていますが、建築業界に携わり始めたのはイギリスでCGパースの会社に入社してからだそうです。詳しくはこちら↓
日本でパースを描き始めてからだいたい20年ほどになり、JARAというパースを描く人の団体にも所属しています。建築パース界隈のことは多少知っていると言えるでしょう。
そこで今回、渡辺とVICCのスタッフ、シンテグレートのメンバーで、建築パースとCGの大まかな沿革を振り返る雑談をして、記事にまとめてみました。
- かなり長かったので、前後編に分けて記事にします
- 事実誤認や漏れなどがあったらすみません&ご指摘いただけるとありがたいです
登場人物
渡辺: シンテグレート・VICCの代表。趣味は料理、キャンプ。
松谷: VICCスタッフ。前職もCGパース製作会社。東洋大学非常勤講師。痛風持ち。
石原: シンテグレートスタッフ。元組織事務所意匠設計者。金曜日にカレーを食う。
蒔苗: シンテグレートスタッフ、ブログ編集担当。元アトリエ系設計事務所勤務。タピオカ好き。
80年代 やっぱり手描きの時代
渡辺 まずはこれを見ながら話していこうと思うんだけど。JARAの40周年記念誌というものがあってね。日本アーキテクチュラル・レンダラーズ協会という、日本で建築パースを描いている人の団体があって、そこが出した冊子。年代ごとの優秀な作品が掲載されていて、これを見るとどんな作品がすごいとされてたのか、なんとなく傾向がわかるんだよね。
松谷 80年代を見ると、ほぼやっぱり手書きですね。
石原 欄外にはエアブラシの登場とか、85年にCATIAが登場とか書いてますね。。
(編注: エアブラシは塗料吹付のための道具で手書きパースの着彩に使われる。CATIAは航空機・自動車でよく用いられている3Dソフトウェア。CADとしては非常に長寿命の製品。Syntegrateは建築分野での代理店業務を行っている)
渡辺 この辺りはCGは全く使われてなくて、みんな絵描きの人が手描きで描いてたんだよね。で、90年代から少しCGっぽいものが出始めた。
渡辺 左側の2枚にはCGが使われてたんじゃないかな?
松谷 でもこれ、線そのものや着彩は手でやってるっぽくないですか?
渡辺 そうそう、このあたりではCGを使ってるといっても、建築の形や遠近感を把握して、アングルを決めるためにつかってる感じ。だからCGを下絵にして、それをトレースしたりその上に描いてパースを作ってるんだよね
松谷 でもみなさんうまいですよね。。絵描きとしての技量がすごい感じ
蒔苗 こういうパースは基本的に組織設計事務所や、ゼネコンに所属してる人が描いてたんですか?
渡辺 組織に所属してる人も多かったけど、独立して自分でやってる人もいっぱいいたみたい。というのは、そういう人たちってだいだいめちゃくちゃ稼いでいたんだよね。稼いで自分でポルシェとかヨットとか買ってた人がいたと聞くよ
松谷 へー、今とはえらいちがいですね
蒔苗 あと気になるのは、この人たちは注文を受けて絵を描いてたんですよね?というのは、この時代の建築家の人たちって自分の作品の絵は自分で描いてるような印象があるんですが
石原 ザハ・ハディドとか自分で描いてた人じゃない?よく手書きでこんなの描いたなと思う、数学的能力を感じる
渡辺 そうだね、お客さんはゼネコンなどの会社がやっぱり多かったかな。建築の絵を描く専門の人が出てきたのは… わからないけど60年代くらいかな?JARAができたのがこの80年代だからね。あと、以前日建設計の社内でやっていた昔の建築パースの展覧会を見たことがあるけど、60年代くらいから作品があったよ。そのころから会社の中でパースを描く専門の人はいたんじゃないかな。
90-2000年代
渡辺 で、ぼくが働き始めたのが90年代。この時はまだメーカーでデザイナーとして働いていたんだけど、3DCADを触ったのが会社に入って2年めくらい、1995年頃だったかな?一番最初はAliasというソフトを触ってたよ。
(編注: Alias…現Autodesk Alias. 現在も工業デザイン分野でよく用いられているCAD)
渡辺 そして99年の終わりに会社をやめてイギリスに行って、2000年にCG製作の事務所に入った。割と新しい会社だったんだけど、その頃イギリスでCGパースがすごく流行っていた時期だったんだよね。事務所が立ち上がってすぐの時から、仕事が一年先の分まで入ってたと聞いた
蒔苗 やっぱりCGが流行ったのは、建築をなるべく建つ形のまま、正確に描きたかったからなんですかね?
渡辺 そういう側面もあったとは思うけど、新しかったからみんな面白がって使い始めた方が大きいと思うな。目新しいから流行ったんだよね。例えば00年代にぼくが描いたのをみてみると…
石原 うわぁ
松谷 これはひどい
渡辺 ひどいクオリティだよね!のっぺりしてていかにもCGという感じ
松谷 これレタッチしてますか?ほとんどやってないような
(編注:レタッチとはコンピュータが出した絵の調整・修正。フォトショップなどで色味や明るさを調整したり、必要があれば植物や人、建物の一部を書き足すこともある)
渡辺 そう、今は一回レンダリングした絵をレタッチするのが普通だけど、この頃はほとんどやってなかったんじゃないかな?横の植栽はレタッチで付け足したものだと思うけど、それ以外はレンダリングのままだね。実際、この頃のCGを使った絵は大なり小なりそんな感じだったんだよ
松谷 90年代のJARAの作品を見るとほぼすべて手書きっぽいですけど、こっちの方が今見ると明らかにクオリティが高いですね
渡辺 それでも当時はCGの方がかっこいいと思われてたわけだから、時代というのはこわいよね!
石原 人間の美的感覚って流行り廃りでゆらぐんですね
渡辺 で、これが2006-7年に描いたロンドン五輪スタジアムのパース
松谷 すごい、クオリティが一気に上がった
渡辺 これはちゃんとレタッチしてるでしょ。何年かしか経ってないけど、このわずかな時間で僕の技術も上がったし、他のCGを描く人のレベルも、CGを見る人のレベルも一気に上がったんだよね
石原 JARAの冊子を見ても、2000年代からCGの作品が出てきてますね
渡辺 そして手描きのパースが少なくなるよね。実際、手描きの人に仕事が来なくなったのはCGそのものの登場よりも、Photoshopの進歩によるところが大きいんじゃないかなと思うよ
松谷 なんでですか?
渡辺 2つ大きな変化が起きてて、一つは手描きと違って格段にやり直しが効くようになったこと。手描きはやり直すのに時間もかかるし、そもそも直せないこともあるけど、Photoshopだとやり直しが効くよね
蒔苗 確かに、レイヤやヒストリー機能を使えばほとんど無限にやり直せますね
渡辺 もう一つは、同じ絵でも複数のオプションが出せるようになったこと。レイヤ機能の活用で、同じ建物でもいくつもの違う絵を描くことが簡単になった。それによって、パースがそれまでの「プレゼンテーションで使う、お客さん用のキメの絵」から「設計+打合せのツール」に変わったんだと思うんだよね。CGとPhotoshopの合わせ技で設計者自身もパースをある程度描くようになったし
石原 そうなるとパソコンを使えない人にはそもそも仕事が来なくなったし、キメの絵でもなくなったから一枚当たりにかけられるお金も下がったかもしれませんね
渡辺 そうなんだよね。この頃は手描き建築パースの巨匠みたいな人にもしばらく仕事が来なくなったらしい。その人はパソコンを勉強してから仕事が来るようになったみたいだけど…
第1回は以上です。第2回はCG登場後のパースと、VICC-渡辺自身の仕事をいろいろ振り返ります。その中で、建築そのものとパースの関係が時代によって変わってるのでは?という話もしています。お楽しみに!