建築パースの巨匠 “Didier Ghislain”から学ぶ
viccではパースを描き始める際、ラフスケッチを描いたり自分のイメージしているゴールに近しい参考画像を収集して最終アウトプットへのイメージを膨らましています。
web上で見かけた美しいと感じた建築パースや風景写真、プライベートで出会った情景を撮った写真や印象的に残った絵画等様々なイメージを私は習慣的にストックしていますが、その中でも会社の中で良く話題に上がっているDidier Ghislainという方が居ます。
個人的にDidier Ghislainの本をパリの古本屋から取り寄せて読んでみたので内容をかいつまんで紹介しつつ、話を膨らませていければと思っています。
Didier Ghislainとは誰なのか
Didier Ghislainはパリ都市部の建築ヴィジュアライザーで1980年初頭から「DG PERSPECTIVES」という会社を主催しています。ジャン・ヌーベルやフランク・O・ゲーリー、ジャン・ヌーベル、坂茂などのトップアーキテクトのヴィジュアルを制作していました。
私達から見るDidier Ghislain
私達は坂茂建築設計さんとの仕事の中で線画+CGのハイブリッドパースを常日頃制作していますが、線画の入れ方や強弱、色と陰影のまとめ方、アングル、添景の配置等とても参考にしています。
またDidier Ghislainの画法はトレーシングペーパーに淡い線描を施したのちに暗い下地に反転させて線画を取り出し、手描きで色を入れたりphotoshopやCGで陰影を描き入れる作業の流れを取っているようです。この技法は私たちが普段作るパースの技法とほぼ近しい為、見習うべき点はとても多いと感じています。
現代のレンダリングエンジンは昔と比べて格段に性能が上がり、陰影やディテールの表現をかなり詳細に表現する事を可能にしました。その為、どのレンダリングエンジン使用しても比較的安定して同じようなリアリティを持った絵を出す事ができます。
ここ最近坂茂建築設計さんの絵を描く中で私が感じるのは、現代の高性能なレンダリングエンジンで出力した綺麗な陰影を持った絵の上に線画を乗せると絵が固くなり、絵を見る人の想像の幅を狭めてしまうような印象があります(この印象。どのように言葉で表現して良いか悩んでいます)。
私は出力されたレンダリングイメージをphotoshop上で陰影や光表現等を手描きで描き足し、少しでも柔らかさを足す事で絵を見る人の想像を膨らますようなイメージを描ければと考えているのですが、Didier Ghislainの絵は下絵と線画のバランスが上手に取れているように思えるのです。
このM+の絵はDidier Ghislainの中で個人的に最も好きな絵です。
香港の現代美術館のコンペパースでアトリウムを描いた絵だと思われるのですが、大きく上方向に抜けた吹き抜けと錯綜したスラブを介してアートが数多く配置され、人や植栽等もかなり多い賑やかな絵となっています。
これだけの量の添景を入れるとかなりの情報量を持って絵の中に現れてきて息苦しい絵になってしまいがちですが、この絵は添景の存在感をかなり微細にコントロールし、抜け感や空気感を出来るだけ残して息ができるような余白を残しているように感じます。
トップアーキテクトからの評価
また、本を読み進めてみると各国の建築家からのDidier Ghislainへのコメントも載っています。いくつかご紹介します。
コンピュータで描いたパース画は平面的で飽き飽きしていたのですが、Didier Ghislainの絵を見たとき、これこそ私が求めていたものだとすぐにわかりました。一緒に仕事をするたびに、初めて空間を見た瞬間を味わうことができます。 彼が鉛筆を持ち、私の目の前で最初のスケッチを描いているとき、そこには、私が探している空間がすでにあるのです。(Shigeru Ban,DeepL訳,p.9)
Perspectives / Didier Ghislain
何かを表現することは、説得しようとする人にとっても、魅惑や説得を目的とした絵を読み解く人にとっても、罠である。いわゆる「不動産屋」のパースは、青すぎる空、緑すぎる木々、ファッション雑誌から飛び出してきたような人がよく入れられる。Didier Ghislainに会ったとき、私は彼の構築されたドローイングの堅固さと冷静さに衝撃を受けた。彼は、話をよく聞き、指がかゆいところに手が届くような人です。何が必要かを理解するとすぐに描き始め、下絵を描き、角度を決め、特徴的なディテールをスケッチし…そう、それがすべてなのだと確認します。信じがたいことですが、私は鉛筆で描かれたドローイングが好きなのです。Didier Ghislainはとても純粋で、だからこそ、この人は建築家にとっても不誠実であったり単に疲れていたりするプロモーターにとっても、良い意味で危険な存在なのです。Didier Ghislainは、彼に立ち向かうために、私たちに努力し、より良くなることを強いるのです。それゆえ、不可能で完璧な表現に近づくために、表現/修正、再表現/再修正というよく知られたサイバネティックなプロセスで、時に疲弊するゲームとなることがあります。この点で、Didier Ghislainは単純な「建築家」でもなく 「建築ヴィジュライザー」でもない、彼はリファイナーであり、しばしば作品が図面に戻される理由となる。(Jean Nouvel,DeepL訳,p.28-29)
Perspectives / Didier Ghislain
絵の能力もさることながらコミュニケーション能力、建築の素養、人間性がとても長けた方だと想像します。
AIと建築ヴィジュアル制作
少し話を変えます。
ここ最近Midjourneyやstablediffusionなど、誰でも簡単にイメージを作れる画像生成AIがリリースされて活発化しています。
また、テキストと元画像をベースに新たな画像を生成するimg2img(stablediffusionの機能)も実装されていて馴染ませ等のレタッチも容易にAIにやって貰えるものも出てきています。
これらのAIの活発な活動を見て、
「私たちの仕事ってどうなるんだろう?」
「数十年後には3DモデルをAIに読んでもらってアングル作ったりレンダリングも自動化することも可能なんだろうか?」
「”Didier Ghislain”とキーワードを入れて3Dモデルを入れるだけでそれっぽい絵が出来るようになってしまうんだろうか?」
など、色々と考える事があります。
私たちの仕事の未来
今後AIが発達すると専門職能は民主化していきます。これまで専門職能を持つ人しか描けなかった絵がキーワードや情報をAIに伝えれば誰でも絵が描ける(描いて貰える)ようになります。
ただ、AIが私たちの職能を無くしていくかと言わればどうでしょうか。
クライアントによって表現したい想いは様々です。私たちのような建築ヴィジュアライザーが設計者の想いを丁寧に聞き、演出していく。場合によっては平面的なイラストのような絵や洛中洛外図のような絵やMIRのようなスーパーフォトリアルの絵が適しているかもしれません。
ちなみに本の中でDidier Ghislainについて以下のように書かれています。
Didier Ghislainは、他人のプロジェクトを紹介する仕事について、謙遜することなく、寛大で誠実な人柄がうかがえるように、じっくりと語ってくれた。Didierは建築家に直接、あるいはグラフィカルな質問を投げかけることで、彼らのプロジェクトを定義するよう促しているのです。Didier Ghislainの強みは、空間を翻訳する能力だけでなく、様々な分野の建築家と対話する能力にあります。私たちが見せたいのは、ノウハウ、職業、プロジェクト、図面、そして一人の人間です。(Nicolas depoutat,DeepL訳,p.4)
Perspectives / Didier Ghislain
Didier Ghislainの持つイメージを引き出す対話力、建築的素養、寛大で誠実な人柄によって絵のゴールを導き出す力は今の段階ではAIには代替できないかと思います。私たちはプロジェクトや時代によって変わりゆくニーズを感じとり、柔軟に変化しながらプロジェクト毎に最適なヴィジュアル表現を想像し考え続けていかなければと感じます。
最後に
長くなりましたがいかがでしたでしょうか。Didier Ghislainの紹介からAIの話へと繋がりかなり話が横道に逸れましたが、Didier Ghislainから学べる点はかなり多いかと思います。
ここ最近画像生成AIの使われ方として添景素材の作成やレタッチの最適化等、絵の質を底上げしてくれるような素晴らしいツールがたくさん溢れています。移りゆく時代と共にAIとお付き合いをしてヴィジュアル制作に活用していきたいですね。