隈事務所の松長さん、イラストっぽい建築パースってどう思います?建築パース雑談 第2回 中編
松長さんとのおしゃべりシリーズの中編です。今回はパースを描くツールや、日本のプロポーザルならではの「イラストっぽい」パースについて議論してみました。前回はこちら
登場人物
松長知宏さん
隈研吾建築都市設計事務所 設計室長。1981年富山県生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。2006年三菱東京UFJ銀行(当時)入行。2012年より隈研吾建築都市設計事務所に入社。主に3D技術を活用したヴィジュアライゼーションおよびモデリングのサポートを行う。一級建築士。
渡辺: シンテグレート・VICCの代表。ゴルフがうまくなりたい。
松谷: VICCスタッフ。前職もCGパース製作会社。東洋大学非常勤講師。ダイエット中。
有澤: VICCスタッフ。新卒でVICCに就職、現在6年目。リングフィットを買おうか思案中。
堀尾: VICCスタッフ。新卒でVICCに就職、2年目。辛いものが苦手。
石原: シンテグレートスタッフ。元組織事務所意匠設計者。家では炊事担当。
蒔苗: シンテグレートスタッフ、ブログ編集担当。元隈事務所勤務。夜パフェのうまさに開眼。
実際UEを建築パースに使うのってどうなの?
蒔苗: ヴィックでは3ds Maxを使ってると言ってましたが、Unreal Engine(以下UE)も使えそうだ、と言ってませんでしたっけ?例えばこの記事ではUEでパースを描くメリットを話してますよね
松谷: 一つのプロジェクトでは実際にUE5を使いました。
松長: やってるんだ、すごいな!やっぱりUEは使いたいですよね。
蒔苗: でも今も3ds Maxはメインなんですよね、やっぱり何か壁があるんですか?前に聞いた感じだと、アセットもタダだし、VRに転用もできるし、リアルタイムレンダリングができるからアングルも決めやすいし、いいことずくめなのかな?と思ったんですが。
松長: いや、そんなに簡単じゃないんだよ…
堀尾: ハードルになってる原因の一つに、モデルやテクスチャデータの管理の考え方が違うことがあります。もともとゲームを作るためのモノなので、複数人が作業するための環境がすごく整ってるんですが、いままでふつうの3DCGソフトを使ってた感覚からすると管理が煩雑な所があるんです。
蒔苗: なるほど… でもそれは個人事業主の集まりだったら生じない問題かもね。他の人とデータをやり取りする場面がそこまで多くないかもしれないし。
松長: だから隈事務所はこっそりUE使ってても気づかれないw
蒔苗: やったことありますか?
松長: 静止画ではやったことないけど、自分の担当していたプロジェクトの動画を作るときに使いました。自分が担当者だから好きなソフトウェアでやれたんですよね。あとチームにUEができる子が入ってきたので、負けてられんな!と思って勉強しましたw
蒔苗: 設計しながらレンダリング作って、UEで動画作ってって死ねますねw
松長: あと、UEはモデリングをしづらい感じがあるな。3ds Maxはモデリング機能が充実してるけど、UEではモデリングを完全に別ソフトでやらなきゃいけないんだよね。
松谷: そうです。建築パース作りだとモデリングの修正が頻繁に必要なので、それが一番大きい問題かもしれないですね。
有澤: ほんとに一長一短なんですよね。3ds Maxだとすぐにモデリングできて、それがすぐレンダリングに反映できる。それはUEではできないけど、代わりにリアルタイムでレンダリングできる良さがある。
松谷: あともう一つポイントがあると思っていて。UEだと、絵全体のテクスチャや素材感を調整するのが難しいんですよね。シェーダーの設定をちゃんとすればできるとは思うんですが、今のところ僕にとっては3ds Maxでやった方が簡単だなと。
渡辺: 似た問題だと思うんだけど、UEでイラストっぽい絵に対応しようとすると難しくない?うちで頼まれる絵ってそういうのも増えてきてるんだよね…
フォトリアルな絵、イラストっぽい絵
渡辺: 例えば最近描いたコンペ用のパースは、すごいイラストっぽいタッチだよね。3Dで構図とか、建物部分のモデルは作ってるけど、さらにその上にイラストっぽい表現をしている。
(編注: ここで松長さんにパースのスタディを見せていますが、掲載不可でした)
松長: これはいい絵ですね!このテイストだと、極論イラレでも書けそうな感じ
渡辺: これって公共施設のプロポーザルの時に頼まれて書いた絵なんだけど、こういう絵のテイストが国土交通省が出してるプロポーザルの要件で決まってるんだよね。
蒔苗: え、そんな要件があるんですか?
有澤: あるんですよ。こういうやつ(外部リンク)なんですが、パースのサンプルまで掲載されてて面白いですよ。「高度なレンダリングによる」やつはダメって書いてます
蒔苗: ほんとだ…なんで?
有澤: プロポーザル方式って「設計案」じゃなくて、技術的な提案とか応募した人の実績で選ぶものって建前があるんですよね。だからパースとかの表現は最小限しかやったらダメということらしいんです。それでこういう制限が書かれてるんですよね
松長: そもそもそういう主旨だったら、実績と書類だけで審査するのでいい感じがしちゃうよね…
堀尾: でもフォトリアルなパースを出すこともありますよね?
松長: 確かに、隈事務所でもなんだかんだでリアルなテイストの絵を出すことも多いかもしれない。フォトリアルなせいで取れなかったのかな?というのもあるし、そういうパースでも勝てるプロポーザルもあるし。さじ加減がわからないですよね
石原: 営業担当がちゃんといる組織設計事務所はその辺調査しますよ。自治体によってOKになるラインが違うので。地域によってはフォトリアルでも全然平気だったりする。国交省に従うちゃんとした自治体だとダメな気がしますね
蒔苗: なるほどねえ…
松長: プロポの要件はともかく、イラストっぽい絵にも良さがありますよね。
渡辺: 我々のささやかな野望は、プロポでこういうイラストっぽい絵で隈事務所に勝つことなんですよ!w
松長: 隈事務所にはこのテイストの絵を描ける人は少ないですからね…CGチームにも
松谷: でもこういうの、隈事務所でもありませんでしたか?一度プロポーザルであったような気が
松長: あ、江戸川区の角野栄子児童文学館のプロポですね!あれはめちゃめちゃ良かった。あれはプロポに参加してた担当者がすごい頑張ったんだと思います。担当者次第でイラストっぽい絵が出てくることはあるけど、やはりCGチームとしてはフォトリアルなパースになりがちな感じがするなあ
ヴィックの「イラストっぽい」パース
渡辺: そんなプロポーザルの条件も影響してるのかもしれないけど、日本の建築パースってどこでも懇切丁寧に説明したがる感じがありますよね。
松谷: 絵の中のどこを見てもなんか人のアクティビティがあって、捨ててる場所がない感じがしますよね。いい例がヴィックでやった大宮のパースだと思う。
蒔苗: 絵のどこを見ても人が動いてたり風船が飛んでたり、なんかしてますよね。さっき言ってた没入感みたいなものは全然ない、徹底して説明的なパースだと思います
石原: こうなると一点透視図法を使わなくていいんじゃないの?って感じがするよね。アクソメ図でいいような気がしてくる
松長: 入社したての頃にこんな感じの、建物の構成を見せる表現を求められたことがありました。その時は建物の3Dモデルをハチャメチャにゆがめて作ったから、改めてモデルを見ると階段がつながってなかったりした。クライアントに嘘をついたわけじゃないんだけど、構成という抽象的なものの見やすさを優先するとそんなことも起きるよね
松谷: 建物の空間構成もですけど、説明的なパースで大事なのって雰囲気というか、設計者のやりたいこと、意図だと思うんですよね。建物の形じゃなくって、なんかこういうにぎやかな場所ができたらいいなっていう意図を伝えたい。で、それにすごくいいのが僕たちがよく使う線画なんですよね。
蒔苗: ?どんなところがいいんですか?
松谷: 例えば大宮のパースだと、手前から階段裏にかけてカーブしてる、広場の中で色が変わってる部分があるじゃないですか。そのうえでお店とか出してる。そこの輪郭線って、手前だと結構太いんだけど、階段の裏の方に行くと細くなってるんですよね。さらに線自体は隠れずに、階段の上まで延びちゃってる。こうやって「手前から奥につながる人の流れを作りたい!」ということを、ふんわりと伝えることができるな!と思ってるんです。
蒔苗: なるほど、「ふんわりと」というのがポイントですねw
松谷: そうですw あと奥の駅ビルは何階建てになるかわからないから、線画でごまかしてたりもしますw
松長: この大宮のパースはすごく手間も時間もかかっていますよね。僕も昔線画を作って、ベクターデータを書き出してCGパースと合わせる、ってことをやったことがありますが、フォトリアルで作るのと比べると何十倍も大変。だからよっぽど時間があったり技術的な工夫をしない限り、僕はこれはできないなー。人はこれはモデルでおいてるの?
有澤: いや、これはPhotoshopでおいてます。人の写真のストックが結構あって、それをてきぱきおいていくのに慣れさえすれば、スピードは割と速く描けるんですよ。
松谷: 物件によってはシンテグレートの人にポーズをとってもらったりしてますね。これを切り抜いてパースに置いたりします
松長: やっぱり大変そうだわ…
渡辺: そうでもないよねえ?
松谷、有澤、堀尾: いや大変ですよ!!!w
パース屋さんの生き残る道
渡辺: w こういうパースを作ると、やっぱり手間も時間もすごくかかるんですよね。だからその対価としてちゃんとお金を頂かないといけないんだけど、そもそもパースの単価が低いから、なかなか難しい。。
松谷: それか海外に事務所をもって給与水準が違うところでやらないと、スタッフみんなにちゃんとお給料を払える水準にも届かない感じがありますよね。
蒔苗: そうなると、パース屋さんの生き残る道ってどんなものがあるんですか?
渡辺: 一つの方向はインハウス化だよね。大きな組織設計事務所さんもゼネコンさんも、みんな自社内にパースの製作部門は持っている。設計や施工の仕事でパースの分も稼いでもらうっていう方向はある。
蒔苗: なるほど。
渡辺: 僕がシンテグレートに加わった理由の一つに、それもあったんだよね。例えばシンテグレートでとってきた仕事のヴィジュアルづくりをヴィックにやってもらうことで、売り上げをある程度平準化することができるじゃない?逆にヴィックでとってきた面白い仕事のBIM業務をシンテグレートにやってもらうこともできる。2つの事業を平行することで利益を出すことができるんじゃないかなと思ったんだ。
松谷: 実際ちょくちょくシンテグレートと連携した仕事はあって、例えば複雑な形をしたガラスファサードの組み立て方をムービーにしたことがあります。実際にファサードを作るときのモデリングの仕事をシンテグレートがやったんでした。
渡辺: あと、照明効果のシミュレーションもヴィックでやったことがあるよね。きれいに陰影が出るかどうかっていう。これも複雑な形で、設計-施工支援の仕事をシンテグレートがやった。
松長: なるほどー。そういう特殊な用途でパースを作ることは隈事務所ではそんなにないですね。ただ、カメラの露出と照明の強さの設定を、現実世界からかけ離れた値にはしないようにはしています。
松谷: 照明にしろ色味にしろ、そこを変な値に設定するとやっぱり変な画が出てきてしまいますよね。
松長: そうそう。僕も写真を撮るのが好きなので、現実世界でのカメラの設定の感覚は持っているんですよね。そこからあまりずれないようなレンダリングになるように気を付けています。
今回は以上です。最終回となる次回では、パースの表現論や「いいパース」ってなんだろう?という話をしています。次回もお楽しみに!