建築パース雑談#2 2010年以降のパース表現と建築
建築パース雑談の第2回です。前回は1980-2010年くらいまでの建築パースを、JARAの優秀作品を見ながら振り返ってみました。記事はこちら:
今回は2000年代後半からそれ以降の話をしています。事実誤認や漏れなどがあったらすみません&ご指摘いただけるとありがたいです。
登場人物
渡辺: シンテグレート・VICCの代表。ゴルフがうまくなりたい。
松谷: VICCスタッフ。前職もCGパース製作会社。東洋大学非常勤講師。サウナ好き。
石原: シンテグレートスタッフ。元組織事務所意匠設計者。AWSの寝言を言う。
蒔苗: シンテグレートスタッフ、ブログ編集担当。元アトリエ系設計事務所勤務。芋圓がマイブーム。
2000年代後半以降…クリスタルの登場とCGの一般化
渡辺 CGとPhotoshopとの合わせ技で手描きパースが駆逐されたのと同じくらいの時期に、中国からクリスタルって会社がやってきたんだよ。
蒔苗 どんな会社だったんですか?
渡辺 パースの会社なんだけど、すごくクオリティの高いものを出してくるんだよね。しかも日本でパース描いてた会社よりも安くて、黒船襲来という雰囲気があったな。設計者的にはデザインの変更を受け付けてくれなかったりで、融通が利かない会社という印象はあったみたいだけどね。
渡辺 どうやら中国の政府が会社に出資してたみたいなんだよね。会社の自前でパースの学校もやってたし、最盛期には社員2000人くらいいたんじゃないかな?
松谷 CGの会社で2000人はすごいですね(viccは社員4人)
渡辺 そして2010年代になるとRhino-Grasshopperが出てきて、モデリングスタディに使えるようになるよね。このあたりからは前回話したような傾向がさらに加速して、建築パース一枚当たりの単価がどんどん安くなっていった。
石原 リーズナブルに頼める会社も海外に出てきたし、設計者自身で3Dモデルとスタディ用のパースは描けるようになったし、安くなる原因は揃っちゃってますよね。
渡辺 そう、それでJARAも縮小傾向になってしまう。昔は全国各地で展覧会を開いたりしてたらしいんだけど、だんだん東京と大阪でしかやらなくなってきたり。そしてこの頃から僕がJARAに入るんだよね(笑)
JARA: 日本アーキテクチュラル・レンダラーズ協会 日本で建築パースを描いている人の団体
蒔苗 (笑)この辺の優秀作品も見てみましょうよ
松谷 渡辺さんの作品もありますね。
渡辺 基本的にCGを使ってる人が選ばれてるんだよね。もはやこの5-10年前とは完全に状況が変わって、CGを使うこと自体は珍しくもない、普通のことになった。そしてその中で選ばれてる人はアングルがよかったり細部まで書き込めていたりと、絵が上手い人。僕が自分で言うのもなんだけど(笑)
ディディエさんの仕事…独特の表現
渡辺 2013年頃から、坂茂さんの仕事をさせてもらうことになる。最初の仕事の時に、坂さんにこんな感じで、と見せられたのがディディエさん(Didier Ghislain)のパースだったんだよ。ジャン・ヌーヴェルのパースも描いてる人で、坂さんは海外の仕事では彼にパースを依頼してたみたい。
石原 これはかなり独特ですね、単純なパースというよりはダイアグラムっぽさもある。
ダイアグラム:建築を解説するときの図全般。各部屋や機能の配置を図解したもの、美学的なコンセプトを示したものなどいろいろある
松谷 すごいかっこいいですね、透明感がうまく表現されている感じ。これはCG使ってますか?
渡辺 何らかの形で使ってると思う。他のパースを見ると、ガラスの透明感だけでなく、反射がある感じをうまく表現できているよね。手描きに対してCGが勝っている表現は「透明感」と「反射の仕方」だと思うんだけど、ディディエさんはそんなCGの長所を最大限生かしている感じがする。
蒔苗 これってヨーロッパでは一般的な手法だったんですかね?
渡辺 いや、かなり特殊な部類じゃないかな?他の人がこういうの書いてるのは見たことないよ、コラージュの影響はあるのかもしれないけど。
松谷 なんかヌーヴェルのガラスの透明感を生かした意匠とか、坂さんのカーブした構造体を際立たせる感じとかをすごく上手く描く絵ですよね。逆に、建築家がこのパースに触発されて建築の表現を決めたんじゃないかな?という感じさえする。
石原 そもそも建築家は自分の建築の表現を自分でやる人が多いですよね。初期の伊藤豊雄や高松伸のドローイングは密度がすごいし、SANAAの絵もそういうところがある。
渡辺 そうなんだよね。そして描く手段がCGになったり建築の規模が大きくなると、自分で描かずにパース屋さんの助けを借りる人も多くなるし、そういう場合パース屋さんは建築家の指示通りに絵を描いてしまいがちになる。
蒔苗 とくにCGだとそうなりがちかもしれないですね。図面通りモデリングして、言われるままにテクスチャを当てれば、一応見せられるものにはなっちゃうかも
渡辺 そこがディディエさんの絵との大きな違いで、頼まれた絵でもすごく自分の絵のスタイルを出しているじゃない?どういう風に作られたのかわからないけど、ちゃんと自分の絵のテイストがある。そこに共感して建築家も頼んでいるわけだから、どこかしら絵に触発されるような、デザインをさらにドライブしてくれるところがあるんじゃないかと思うんだよ
蒔苗 確かにそんなパワーがある絵ですよね。この絵の感じを実現するために目地や金具の存在感をなくそうとか、ガラスの配置をすこしいじろうとか、デザイナーがそんなことを考えたくなる雰囲気があります
渡辺 ぼくらもディディエさんみたいにちゃんと表現をして、建築の見せ方の提案をしたいとはずっと思っているんだよね。そしてあわよくば建築家の予想を超えて、表現を触発するような絵を描きたいとも思っている。だから坂さんからオーダーが来たときはディディエさんの絵をたくさん見たし、そこからすごく勉強したよ。
松谷 実際に坂さんをインスパイアできたかはわからないですがw、それでそのあと描いたパースでコンペ3連勝できたんでしたね。
渡辺 このときはうれしかった!ちなみに、並行して槙さんのパースをやってるのも自慢だったりする。というのは、坂さんはディディエさん的な線画だったり、ちょっと誇張した表現をするのが好きだけど、槙さんの方はほぼそういうことはない。
松谷 なるべく図面と指定マテリアル通りのフォトリアルな表現を求められますよね。
渡辺 フォトリアルな槙さんと、表現要素多めの坂さんを両方できる、いろんな表現スタイルを使い分けられるのがVICCのちょっとした自慢かな。
2010年代後半…Mirの登場
渡辺 そして2010年代後半になると、Mirのパースが世の中に出てきた。彼らはノルウェーの建築CGを作る事務所で、設立は2000年頃みたいなんだけど…
松谷 とにかく表現が圧倒的ですよね!これまでにあったパースとは段違いにフォトリアルですね。他の事務所のとかを見ると結構レタッチでごまかしている感じがあるけど、そんなふうに全く見えない
蒔苗 雨とか樹木とか、自然の表現もすごいリアルさですよね
渡辺 あとアングルの取り方もとても大胆だよね、必ずしも建物全体や部屋全体を映してるわけではなくて、本当に一部しか切り取ってない場合がある。このパースも人が二人しか入ってなくて、しかも超ちっちゃいよね。
松谷 あとは結構ストーリーをパースに入れ込みますよね。半分海中にいたり、ガスマスクつけてる男の子がいるものも見た記憶があります
渡辺 ここまで大胆なかっこいい表現をすると建築全体を見せなくてもいいのか!と思って、結構衝撃を受けたよ。聞いた話では、建築家の側から受け取った建物の3Dモデルの修正は一切しないし、アングル出しも基本的にMirの側にお任せなんだって。
松谷 それで建築家側を「自分たちがとるアングルよりこっちの方がかっこいい」って納得させちゃうんだからすごいですよね。 ディレクションというか、かっこいいものを作る能力がすごい
渡辺 実はそれに触発されて、2014年に浜田晶則さんの出したグッゲンハイム・ヘルシンキのコンペ案のパースでは、滝のアートが画面の半分以上を占める構図にしたんだよ
蒔苗 さっきのディディエさんもですけど、渡辺さん意外とあっさり影響されますよね?w
渡辺 w 浜田さんの場合は向こうも面白がってくれたのか、直しは一切なかったよ
石原 Mirの話に戻るけど、彼らの絵って日本のディベロッパーとか行政とか、発注側からの受けがすごく悪いらしいよ
蒔苗 めちゃめちゃかっこいいのになんでですか?
石原 日本の場合、クライアントがパース一枚で建物のいろいろないいところを見せようとする傾向が強いんだよね。ここにベンチがあって人が休めますとか、中央の広場ではお祭りもできますよとか、建物の中で起こってほしい活動をなるべくいっぱいパースの中で表現したい要望が強い
蒔苗 あー、その観点からするとMirの絵は「かっこうはいいけど何の建物か、何やってるのかわかんないから使えない」という風に見られちゃうわけですね
渡辺 クライアントのそんな要望に対応した結果、日本の建築パースって世界の中ですごく特殊なものになっている感じがあるよね。すごくにぎやかだし、フォトリアルじゃない、イラストっぽいものの方が好まれる感じがある
松谷 でも世界的にはMirの登場でまた一つレベルが上がって、本格的にフォトリアルな表現を頑張る段階になった感じがしますね
パース表現と建築の関係
蒔苗 ディディエさんのところで出た話ですけど、彼のパースって彼の表現のスタイルがあって、建築にも影響を及ぼしてそうな雰囲気を感じるじゃないですか。その点で言うとMirってどうなんですかね?
渡辺 うーん…むしろディディエさんとは逆な感じがしない?ディディエさんのパースは、図面から建築家の表現したいことを読み取って、そのうえで彼の表現をしている感じがするんだよね。その点Mirは建築家の考えることとか達成したいことに寄り添っている感じはあんまりしない。
蒔苗 点景があまりうるさくないことからも、建築の機能的な意図には敢えて向き合っていない印象を受けますよね
渡辺 むしろ、建築家からもらった3Dモデルをもとに彼らなりのかっこいい表現を探求している感じを僕は受けるんだよね
松谷 Mirって日本の手描き時代のパース屋さんに近いのかもしれないですね。彼らはやり直しが簡単に効かない時代の、専門的な技能を持った画家だったわけじゃないですか。そういう、建築を料理する職人的なスタンスをMirはとっているのかなと感じます
石原 そういう意味では建築写真とも近いのかもしれないね、彼らも建築を題材にして彼ら自身の表現を探求しているところがある
渡辺 そうだね!ただ、Mirと建築写真家との大きな違いは、彼らが組織として表現をやっていることじゃないかと思うよ。あそこまでフォトリアルなものって一人ではできなくて、自然の部分は自分たち独自で描いたプログラムとかで作り起こしているらしい。自然とか人とか建物のテクスチャとか、いろんなところを分業しているんじゃないかな
蒔苗 日本でこういうことができる会社ってないんですか?
渡辺 挑戦している会社は何社かあるけど、さっきも言ったような日本のお客さんの要望の関係で、あんまりニーズがないのが一番の問題かもしれないね
蒔苗 この日本での建築パースの独特さとか、イラスト的な表現の多様さについてはぜひ次回話したいですね
松谷 僕はむしろそっちの方が、日本の会社が生き残る道があるんじゃないかと思ってるんですよね…
以上で建築パース雑談は終わりでした。パースのことについて渡辺にいろいろ聞いてみようと思いやってみた雑談会(飲み含む)でしたが、CGパースの沿革だけでなく、パースと建築相互の影響にも触れた個人的に楽しい会でした。
機会があればぜひ次回も、今度は松谷さん主役でやってみたいと思います。何か感想などありましたら、Twitter(会社の方か渡辺のアカウント)や会社のメールアドレス(info@syntegrate.jp)までお寄せいただければ嬉しいです。