押山さんと考える、BIMと建築生産のこれから#2
押山さんとBIMや建築生産について議論するシリーズの2本目です。前回の記事では押山さんの原体験から、「施工するために必要な情報」=「DrawingX」という概念が紹介されました。今回は建築生産プロセス全体の比較から始まり、最後には諸々の問題を解決する仮説が押山さんから出てきます。前回記事はこちら
登場人物
日本と欧米諸国の建築生産プロセスの比較
押山: 次に、DrawingXの描かれ方だけじゃなく建築生産プロセスの全体について、日本と欧米諸国で比較してみます。ここからは草柳俊二さん(以下草柳)の研究の引用です。まず重要視するものを比べると、日本では契約した工期と予算が最重要視される。それに対して欧米では、契約条件の正確な履行が最重要視される。
蒔苗: これわからないんだけど、欧米では契約条件の中に工期と予算は含まれていないの?
押山: いや、もちろん含まれてます。ただ、設計や工事の内容が変わったときには契約変更をするんです。日本ではそれをせずに、最初の契約の工期と予算の中に納めようとする傾向がある。
石原: というか日本の場合、工期と予算内での変更をする場合は契約変更や交渉をしないんだよね。大枠でのカネと時間が契約より大事だと考えられている。欧米の場合は契約、紙の上にどう書かれているかがすべて。工事や予算が初めに考えていた通りになることじゃなくて、紙に書かれていることが真かどうかを大事にしている。
押山: 次に、透明性・公平性の点で比較してみましょう。例えば予算の面。日本のようなプロセスだと、建築主が発注後に予算を把握できないし、する必要が基本的にない。一番最初に決まった金額から動かないわけですから。これってゼネコンが損をしやすい、危うい仕組みですよね。
蒔苗:ゼネコンだけじゃなく、受注者にとってもいいことばかりではないよね。工事のほんとの金額がゼネコン以外にわからないわけだから。
押山: 工事の責任範囲の面でもそうですよね。欧米の場合は契約で厳密に決める。でも日本の場合は、カネと時間の範囲内であれば何をやってもよくなってるから、工事業者間の調整で決めてしまう。うまくいってるときはいいんだけど、何かトラブルが起こったときに原因を探れないという問題がある。
蒔苗: 例えば建具の取付が上手くできなかった時に、ゼネコンの調整が悪かったのか、A社の工事が悪かったのか、B社の建具製造が間違ってたのかがわからなくなって、結局しょうがないからB社に作り直しをしてもらう…みたいなことだよね。
押山: そういう意味でも、欧米では透明性・公平性を契約で確保していて、日本ではそれを相互信頼で確保するという違いがあるなと。
蒔苗: 日本のやり方だと、それほんとに透明で公平なの?って感じがするねw
押山: 次に入札の評価。日本では価格第一なのに対して、欧米では「目的物を完成させる方法論の適応」が問われる。具体的に言うと、入札時に予定スケジュールなどを示した、応札図書(施工計画書、工程表、工事内訳書を骨格とし、体系化されたもの)を出させるんです。そしてこの内容通りできなかった場合は契約違反ということになる。
蒔苗: 日本ではどうなってるの?
押山: 日本でも応札図書は提出するんですが、出すのが契約成立後になっているんです。かなり大事な条件が契約後にわかる仕組みになっていて、すごく危ういなと思います。しかも契約後に出るただの書類なので、契約としての拘束力もありません。
壁谷: なるほど。
押山: 最後に契約についてです。欧米では単価数量積算契約になっていて、例えば月ごとに完了した分の金額を受け取る仕組み。日本は基本的に総価一括請負になっている。これは工事全部の金額を初めに決めちゃうものです。草柳によれば一般的に、変更がいっぱいある建設プロジェクトには適さない方法らしいんですが、日本の場合はすごく変更が多いのにこの契約になっている。さっきほど言ったような、予算・工期の中で契約を無視して調整しちゃう・出来てしまう文化がここでもわかると思います。
なぜ日本では契約が軽視されているのか?
押山: こうしてみると、なんで日本では契約がここまで軽視されているのか?と疑問がわきますよね。この理由は戦後復興期にある、と草柳は言ってます。復興時、大量の建物を発注した時に、基本的に官から民へという2者だけで成し遂げることが効率の良い仕組みであったと考えられます。
蒔苗: 大量に仕事があるし、お客さんは国とか県とかだし、契約について四の五の言ってられなかった、みたいな感じなのかな?
押山: だいたいそういうことだと思います。そんな2者間の関係をひな型にして以降のプロジェクトもやっちゃったせいで、ちゃんとした契約枠組みが作られず、最初のお金と工期を絶対視するような仕組みになったんじゃないか、と。実際にその名残かわかりませんが、公共工事請負標準約款には発注者(甲)と受注者(乙)が登場するのみです。草柳は日本のように2者間だけでプロジェクトが管理されることを、「二者構造執行形態」と呼んでいます。
(編注:公共工事請負標準約款…中央建設業審議会が示している、公共工事の標準的な契約書)
蒔苗: なるほど…
押山: それに対して国際建設市場で多く用いられる国際建設契約約款(FIDIC)では、3者の契約になっています。発注者、受注者と、専門技術者集団がいる。この「専門技術者集団」って言うのは、発注、受注どちらからも独立しているべき人たちです。
蒔苗: これはいわゆる建築家とか、設計者を指すのかな?
押山: いえ、必ずしもそうではないです。ここでは建設のプロジェクトマネジメントをする人を指すので、建築そのものはもちろん、財務や資金調達なども含め、プロジェクト全体を見られる人の総称だと考えるといいと思います。
石原: 本来的には設計者も専門技術集団に含まれるはずだよね。だから現在でも発注者ー請負者間の契約と、発注者ー設計者の契約は別になっている。一応第三者の立場から助言をすることになっている。
押山: ただ日本の場合、設計者は「発注者の代理人」という立場で、中立な立場じゃないんです。日本でもそういう本来のコンセプトに立ち返ってちゃんと契約・契約変更をして、プロジェクト全体を第三者に監修してもらう構造にするべき、というのが草柳氏の主張です。
日本のプロセスのいいところ
押山: ここまで、古阪と草柳という二人の研究を引用して、日本の建築生産プロセスの問題点についてみてきました。古阪は日本でDrawingXがゼネコンによって描かれていることを明らかにし、その問題点を指摘した。草柳は建設プロセスを欧米と比較して、日本のプロセスに契約軽視の傾向があることを指摘し、プロジェクトの管理・監修に第3者を含めるべきと主張した。
蒔苗: うーん… こうしてみると日本の今のやり方って超テキトーで雑、よくないものに見えちゃうね。
押山: ですよね。大まかには古阪、草柳ともに「欧米諸国を見習って役割分担、契約をちゃんとしようよ」って論調なんです。だから日本のやり方がよくないものに見えますよね。
蒔苗: なるほど。
押山: ただ、僕は日本のやり方が必ずしもよくないとは言えないんじゃないかと思っています。厳密な役割分担や契約の厳密な履行だけを考えてると、建設プロセスの効率とか建物の質が落ちる場合もある。
壁谷: そうかも。例えば海外では、A社B社それぞれに図面を渡して、同じところに石膏ボードが描いてあったら、2枚貼られるって聞いたことがあります。それは契約上、図面に書いてあることを厳密に守らなきゃいけないからですよね。日本の場合は相互に連絡して調整するけど、海外のやり方だとそれは契約違反になっちゃう。勝手に契約内容を変えてるわけですから。
蒔苗: でも石膏ボード2枚あるのおかしくね?って言って直せるようなことって、建物の質やコスト的にはプラスのはずですよね。
押山: そういう意味ではむしろ日本のシステムをまねした方がいいという意見もあるみたいなんですよ。実際、相互に調整して効率よく建てられるような、優秀な施工者がいること自体はいいことじゃないですか。
壁谷: あと、建物全部を統合してみてる人=ゼネコンがいるのもいいことではありますよね。設計と業務の範囲があいまいになる危険性はあるけど、施工の観点から提案があったり、相互調整をちゃんとすることで、工程やコスト管理の面では有利に働くことも多いなと。
押山: だから、それぞれいいところ悪いところがあると思うんですよ。欧米は責任範囲がクリアなのがいいところだし、工事が全体として非合理なやり方で進んでるのがよくないところ。日本は工事全体として見ると効率よく合理的に建物を建てられているけど、責任範囲や過大業務などの問題がある。だから、いいところは残したうえで、非効率な所を変えたり、問題を解決することを考えるべきだと思います。
押山さんの問題提起
蒔苗: ここまでの議論を踏まえると「日本の建築をよくするために、日本の慣習にうまくなじむ形で、建設プロセスの透明性・公平性を確保し、関わる人の業務範囲を明確にする」みたいなことが目的になってくるかな?
押山: だいたいそうですね。そしてそのために、三つの疑問を解決する必要があると考えました。
- 日本における三者構造の三者とは何か?
- 入札前の公正な契約を結ぶにはどうしたらよいか?
- DrawingXは今後だれがいつ描くべきか?
押山: それぞれ説明すると、まず「日本における三者構造の三者とは何か?」というのは草柳の議論を踏まえたものです。プロジェクトをうまくマネジメントする、建設のプロセスをちゃんと管理するためには、第三者が誰かしらいた方がいいと思うんです。
蒔苗: そして日本でその立ち位置に来るのは誰なのかってことだね。
押山: 次に「入札前の公正な契約を結ぶにはどうしたらよいか?」ということ。これも草柳の議論を踏まえたものですが、ちゃんとした契約を結ぶことは品質に直結する。その契約ってどんなものにするのがいいのか、ってことですね。
渡辺: じゃないと誰かしらが尻拭いをする構造のままになっちゃう。
押山: そして三番目が、「DrawingXは今後だれがいつ描くべきか?」。これは古阪の議論から来たやつですね。今はゼネコンが書いてるけど、ほんとにそれでいいのか?ということ。
蒔苗: 設計と施工の業務範囲があいまいになってしまう弊害をなんとかなくしたいよね。
渡辺: で、これら三つの質問への回答として、僕は「全く新しい第三者がそれらの仕事をするべき」という仮説を立てています。技術面の透明性の担保、契約の管理、DrawingXの管理を第三者がするべきだと。
蒔苗: お、これは欧米よりになるべきだという主張?
壁谷: いや、欧米でもそうはなっていなかったですよね。欧米だとそれをするのは設計者ですから。
石原: これは新しい道だよ!
押山: そう、新機軸なんです。設計でも施工でもない、第三者がDrawingXを取りまとめるべき、という。
蒔苗: 結構強い主張だよね!
押山: あくまで仮説なんですけど…w 加えてDrawingXを描く時期も変えています。これまでは入札の後に描いていたものを、入札の前に描くようにしている。それだと入札の前に金額がちゃんと明らかにできる。コストやプロセスが明確になりますよね。
蒔苗: 確かに、これができれば入札の段階で作るものも明確だし、コストも精度よく算出できるよね。
押山: そしてさらにもう一つ重要なこととして、これからのDrawingXは2Dの図面ではなくBIMデータであるべきだと思うんです。
壁谷: それはどうして?
押山: BIMでデータを作成することで、図面と比べてコストの算定作業はより確実になりますよね。図面と違ってBIMデータだと、部分の干渉やデータの矛盾は生じづらいですし、数量の数え間違いも少なくできるじゃないですか。DrawingXを扱うメディアとしては図面よりも優秀じゃないかなと。
蒔苗: ということはつまり…
押山: 僕とかシンテグレートみたいな会社が目指すべきなのはこういうポジションとか、これをやる人の補助だと思うんです。単純にBIMモデルを作るんじゃなくて、建設プロセスの全体にわたってBIMモデルや運用ルール、加えて検討事項の順番や契約関係の管理をする。
渡辺: なるほど… 今のところ、生産設計のサポートを僕らが依頼される時も、何を作るかよくわからない段階で依頼されてるもんね。
蒔苗: ほんとはそういう検討って生産設計まで持ち越すべきじゃないから、やり方の枠組みの段階でそうならないようにしておくっていうことですね。
押山: そうです。古阪が指摘してる通り、生産設計の取りまとめがDrawingX=建築の費用とか性質を決める決定的なものになっちゃってる。古阪は「いつ、だれが、DrawingXを描くか?」が大事と言っているんですけど、その言い方を借りると「入札前に、第三者がDrawingXを描く」というが僕の案なんですよね。
今回はここまでです。次回は建築生産プロセスの「押山方式」についていろいろと議論します。お楽しみに!